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東京高等裁判所 昭和46年(う)537号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中一五〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人関根志世提出の控訴趣意書並びに被告人提出の控訴趣意書及び控訴趣意の補充追完書各記載のとおりであるから、これを引用する。

第一  不法に管轄を認めた違法がある旨の主張(被告人控訴趣意書一四枚目裏初行より同八行目まで)について。

被告人は、昭和四五年二月二一日詐欺被疑事件による裁判官の逮捕状により、浅草警察署雷門派出所において逮捕され、同月二四日勾留状の執行を受け、以来、今日まで同署代用監獄及び東京拘置所に順次勾留されている者であるが、その間、昭和四五年三月一三日と同年六月六日との二回にわたつて東京地方検察庁検事から東京地方裁判所に対し、詐欺罪により起訴されたことが記録上明白である。裁判所の土地管轄は、犯罪地または被告人の住所、居所、もしくは現在地によることが、刑事訴訟法第二条第一項により定められているものであるところ、被告人は、右逮捕前から、東京都台東区東浅草二丁目一〇番六号光陽荘の一室を住居として借り受け、これに居住していたことが、被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書、特に昭和四五年五月二八日付の検察官供述調書七、八項(記録九〇八、九〇九丁)により明らかであるから、右光陽荘は、被告人の住居であると認める。そうであるとすれば、本件詐欺各被告事件の起訴当時の被告人の住居は、東京都内にあつたのであるから、同都を管轄する東京地方裁判所に対し、これに対応する東京地方検察庁の検事が本件を起訴した措置は、適法であつたというべきであり、原審が、管轄違いの言渡をしなかつたことは当然であつて、これをもつて違法視することは、当たらない。論旨は、理由がない。

第二  理由の不備またはくいちがいの違法がある旨の主張(弁護人控訴趣意第二点並びに被告人控訴趣意書九枚目表一〇行目より同裏四行目まで及び一〇枚目裏六行目より一一枚目表初行まで)について。

原判決書の「証拠」欄には、所論指摘のように「同年六月一六日付」起訴状と記載してあるが、「事実」欄と、「法令の適用」欄には、それぞれ「六月六日付」起訴状と記載があることと、本件には、昭和四五年三月一三日付と同年六月六日付との計二通以外に起訴状がないことを総合すれば、原判決書「証拠」欄に「同年六月一六日付」と記載してある部分は、「同年六月六日付」の誤記と認めるのが相当であるから、この点の論旨は、理由がない。

なお、原判決がその引用する昭和四五年六月六日付起訴状別紙一覧表(一)の7の事実につき、被告人の供述調書を挙示していないことは、所論指摘のとおりであるが、これは、原判決挙示の他の証拠により右事実を認めることができるから、挙示する必要のないものであり、また、原判決書二枚目裏一行目の「右両名の検察官に対する各供述調書」とは、何を意味するものか、明らかでないが、この部分を除外しても、優に判示事実を認定することができるから、原判決には、これらの点につき、理由を付さない違法があるとはいえない。それゆえ、これらの論旨も、理由がない。

第三  訴訟手続の法令違反の主張について。

一  弁護人依頼権を無視して作成した被告人の司法警察員供述調書を罪証に供した違法がある旨の主張(弁護人控訴趣意第一点並びに被告人控訴趣意書一枚目裏三行目より三枚目裏三行目まで及び同控訴趣意の補充追完書第一点)。

被告人は、原判決書において罪となるべき事実として認定引用された昭和四五年三月一三日付起訴状記載の事実にあたる詐欺の事実につき、裁判官の逮捕状により、同年二月二一日午前一一時五分浅草警察署雷門派出所において逮捕され、同日午前一一時三〇分浅草警察署に引致せられ、同月二四日裁判官の勾留状の発付があつてその執行を受け、以来今日まで引き続き勾留されていることは、記録一一七四ないし一一七六丁、一一八三、一一八四丁等により明らかであり、当審事実取調による浅草警察署司法警察員藤沢久衛作成の昭和四五年二月二一日付被告人の弁解録取書及び東京簡易裁判所裁判所書記官小暮信夫作成の同月二四日付被告人に対する勾留質問調書の各記載によれば、司法警察員藤沢久衛は、右引致を受けて直ちに被告人に対し、逮捕状記載の犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げて弁解の機会を与えたところ、被告人は、逮捕状記載の犯罪事実を認め、弁護人は頼みたいと思うが、誰を頼むかは、後で決める旨答え、また、裁判官の勾留質問においては、右の犯罪事実を自己の単独犯行として認め、弁護人を選任することができることは、わかつた旨答えたことが明認できる。また、証人藤沢久衛、同湯原宗孝、同若林忠純及び被告人新井正男(一部)の各供述を総合すれば、藤沢久衛は、浅草警察署において、被告人らにかかる本件詐欺被疑事件の捜査を主管した警部補であり、湯原宗孝は、同署において右事件の捜査を補助した巡査長であり、また、若林忠純は、同署において同じく右事件の捜査を補助した巡査であること、前示認定の勾留質問が行なわれた日から数日間内に、被告人は、浅草警察署取調室において、右湯原巡査長に対し、弁護士松本善明を弁護人に選任したい旨申し出たので、同巡査長は、直ちに衆議院議員会館松本善明議員室に電話をかけ、同弁護士は不在であつたが、秘書と思われる人が電話の応待に出たので、被告人新井が直接電話機を手にとり、自己の氏名、被疑事件の要旨を告げ、松本弁護士に弁護を依頼する旨手配を乞う旨通話をしたこと、その後藤沢久衛は、被告人の求めにより、郵便はがきを買い与えたところ、被告人は房内で、名古屋市弁護士高木輝雄宛てに、自己が逮捕勾留されている旨を告げ、引き続きこの件もお願いしたい旨記載し、投函を依頼したので、浅草警察署員が遅滞なく発送手続をしていることがそれぞれ認め得られ、各所論指摘のような被疑者、被告人の弁護人依頼権を侵害したような事実は、認め得られない。右認定に反する被告人の当公判廷における供述は、たやすく措信し難い。その他、原審記録及び当審事実取調の結果を検討しても、所論指摘の司法警察員に対する供述調書については、なんら供述の任意性を疑わしめるものはなく、しかも、これらは、いずれも刑事訴訟法第三二六条の証拠とすることに同意された書面であつて、他にその証拠能力を否定すべき事由は、認められないのである。しかのみならず、原判示事実は、所論指摘の供述調書以外の原判決挙示の証拠(ただし、前記第二において判断した除外すべきものを除く)だけでも、優に肯認せられるのである。したがつて、所論のような判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反が存しないことは、いうまでもない。論旨は、理由がない。

二  被告人に公判調書閲覧の機会を与えないで、被告人が公判調書の正確性につき異議申立権を奪われたまま、控訴審へ記録が送付された違法がある旨の主張(被告人控訴趣意書三枚目裏四行目から六枚目表一一行目まで及び同控訴趣意の補充追完書第二点)。

被告人は、自己の選任した弁護人高木輝雄の弁護を受け、昭和四六年一月二〇日原審の審理が終結して、同月二九日原審において判決の宣告を受け、その後同年二月八日付書面をもつて、原裁判所に宛て、高木弁護人の任務も終了したことを理由に、同弁護人を解任した旨届け出で、同書面は、同月九日原裁判所に到達したことが、記録上明白である。ところで、被告人は、当公判廷において、原裁判所に対し右のように私選弁護人解任の届出を了した当日である同月九日に、公判調書閲覧の申出をした旨供述するが、記録上このような事実を認め得るなんらの証跡がない。そればかりでなく、本件においては、右の解任まで私選弁護人高木輝雄が被告人の弁護を担当して来たのであるから、被告人が当公判廷で供述するように、主として弁護人選任権侵害の事実や原審相被告人の供述記載を確かめたいために記録閲覧をしたいのであつたならば、前示の解任届をするまでの間に、同弁護人と連絡をとつて、同弁護人によつて十分調査をしてもらう機会があつたのに拘わらず、それまで、なんら、そのような手段、方法をとつた形跡も存在しない。原審記録を調査し、当審事実取調の結果に鑑み、被告人が公判調書の正確性についての異議申立の期間に関する刑事訴訟法第五一条の規定を前提とし、公判調書の閲覧によつて何を確かめようとしたかに関しての被告人の当公判廷における前記供述を検討しても、本件における前叙のような事実関係のもとにおいて、原審が被告人の公判調書閲覧の申請に応じないで、右の異議申立権の行使を不能ならしめた訴訟手続上の違法があるとは、認められない。論旨は、理由がない。

三  累犯加重の原由たる前科について、判決の記載の不備や審理不尽の違法がある旨の主張(被告人控訴趣意書六枚目裏初行より八枚目裏六行目まで)。

記録を調査すると、原判決の累犯加重の原由たる前科の認定、判示は、正当であつて、所論のような違法は存しない。所論は、誤解に基づくものであつて、理由がない。

四  原判決書謄本に裁判官の印の押捺がないのは違法である旨の主張(被告人控訴趣意書八枚目裏七行目より同九行目まで)。判決書の謄本には、謄本作成者の氏名押印、作成年月日等があれば足り、原本たる判決書の作成者たる裁判官の押印までも必要とするものではないことは、謄本の性質上当然のことであつて、所論は、独自の見解というほかはない。論旨は、理由がない。

五  原判決に被告人や弁護人の主張に対する判断を欠く違法がある旨の主張(被告人控訴趣意書八枚目裏一〇行目より同末行まで)。

記録を調査しても、原判決に必要判断事項の遺脱はない。所論は、法規の誤解によるものと解するほかなく、採用することができない。

第四  併合罪加重に関する法令適用の誤りがある旨の主張(被告人控訴趣意書九枚目表初行より同九行目まで及び弁護人控訴趣意第三点)について。

被告人指摘の原判決引用起訴状の別紙一覧表(一)の10と別紙一覧表(二)の11とを比較検討するに、両者の犯行の態様、被害者らに与えた心的、物的な影響等一切の犯情、特に前者の被害物件が共犯者より任意提出され、領置、保管(記録三五一ないし三五四丁)されているのに反し、後者の被害物件は、他に転売され、被害者の追及不能の状態にあること(記録八三七丁、八三八丁等)を考慮すれば、被害金額の多少の差異に拘わらず、後者の罪をもつて犯情最も重しとした原判決の法令の適用には、所論のような違法はなく、被告人の論旨は、理由がない。

また、弁護人は、原判決が罪となるべき事実として認定し引用した昭和四五年六月六日付起訴状別紙一覧表(二)の10と同11とを対比し、10の罪を最も重しとすべきであつて、原判決が11の罪を最も重しとした措置に法令適用の誤りがある旨を主張するものであるが、所論指摘の右一覧表(二)の10と11の各犯行の一切の犯情を比照すれば、原判決が11の罪を10よりも犯情重しとみたことに違法があるといえないことは明らかであるから、この点の所論も排斥を免れない。

第五  採証、認定の誤りの主張(被告人の控訴趣意書九枚目裏五行目から一〇枚目裏五行目まで)について。

記録を精査して按ずるに、原判決が罪となるべき事実として被告人に対する昭和四五年三月一三日付及び同年六月六日付各起訴状記載の公訴事実を引用し、これと全く同一の事実を認定した措置は、右の六月六日付起訴状の別紙一覧表(一)「14」の犯行場所の市名が「同市」として引用されている直前の「13」の四日市市ではなく、桑名市の誤りであることが原判決引用の北尾慶代の司法警察員に対する供述調書(記録第二冊四〇五丁)により明らかであると認めるほか、原判決挙示の証拠(第二において判断した意味不明のため除外すべきものを除く)によつて優に認められ、所論指摘のような採証認定の誤りは、全く存在しない。そして、本件の数多い犯罪事実のうち、一犯罪場所の市名のみについて右のような誤りがあつても、これをもつて判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるといえないことは、いうまでもない。なお、所論指摘の被告人の司法警察員に対する各供述調書には、それぞれ所論指摘の犯罪事実の供述部分を含んでおり、この点についての原判決の証拠摘示に誤りはない。論旨は、理由がない。

第六  量刑不当の主張(被告人の控訴趣意書一五枚目表初行より一六枚目裏四行目まで及び同控訴趣意の補充追完書第三点、第四点)について。

記録を精査し、これに現われた量刑の資料となるべき諸般の情状を検討し、本件犯行の罪質、態様、回数、被害金額及び前科に照らし、被告人を懲役二年に処した原判決の量刑は、重きに過ぎることは全くなく(共同正犯であるからとて、その刑が全く同一でなければならないなんらの理由もない。)、また、本件犯行の罪質、態様、回数、被害状況等に関する原審審理の全経過からみて、原判決が、被告人に対し、未決勾留日数中二六〇日を算入した措置は、まことに相当であつて、算入日数が過少であるということはできない。論旨は、理由がない。

第七  被告人その余の主張について。

これらは、全くの誤解に出たものもあれば、独自の見解を述べたものなどもあつて、原審に所論のような違法がなく、論旨は、すべて採用に値しない。

よつて、本件控訴は、理由がないから刑事訴訟法第三九六条により、これを棄却し、刑法第二一条により当審における未決勾留日数中一五〇日を原判決の刑に算入し、当審における訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項但書を適用し、被害人に負担せしめないこととし、主文のとおり判決する。

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